Bura ToMiwa(ブラトミワ)

Bura ToMiwa(ブラトミワ) クラクフきっての歴史通で認定ガイドのトマシュと、ポーランドの歴史と?

(トマシュ撮影)クラクフにはすでに「黄金のポーランドの秋」の真っ只中です!
25/10/2021

(トマシュ撮影)クラクフにはすでに「黄金のポーランドの秋」の真っ只中です!

クラクフの聖マリア教会は、13世紀以来最も主要な神殿であり、そのため、市当局は何世紀にもわたって、特別に装飾的な内部を作ろうとしてきました。1477年から1489年にかけて、主祭壇はニュルンベルク出身のドイツ人アーティスト、ヴィット・シュト...
30/07/2021

クラクフの聖マリア教会は、13世紀以来最も主要な神殿であり、そのため、市当局は何世紀にもわたって、特別に装飾的な内部を作ろうとしてきました。1477年から1489年にかけて、主祭壇はニュルンベルク出身のドイツ人アーティスト、ヴィット・シュトヴォシュによって作られました。彼の作品の対価はわかっていませんが、たった一枚だけ請求書が残っています。その額は2808金フロリン。つまり、当時のクラクフ市の年間予算額のすべてでした。
祭壇画にはいくつかの翼があり、それらを閉じると、イエスの母マリアの生涯から12の場面が描かれています。開口部には、使徒たちに囲まれたマリアの休息(死)の場面が描かれ、側面にはマリアの喜びの場面が6つ描かれています。最も大きいのは、使徒ヤコブがマリアを抱いている場面です。このシーンの上には、マリアの被昇天と天の女王としての戴冠が描かれています。
第二次世界大戦中、ドイツ軍はこの祭壇をニュルンベルクに持ち込み、街の地下に隠しました。戦後、アメリカの援助により、祭壇はクラクフに戻ってきました。そして今年は、6年越しの改修工事が完了したばかりです。
祭壇が開く瞬間を撮影しましたので、ぜひご覧ください!

ブルーベリーはTomekのお気に入りの果物です。ポーランドはヨーロッパで最大の生産国です。ブルーベリーは、その健康効果から「ミラクルフルーツ」と呼ばれています。それで、Tomekがわたしたちへ質問しています。「ブルーベリーは日本でも知られて...
21/07/2021

ブルーベリーはTomekのお気に入りの果物です。ポーランドはヨーロッパで最大の生産国です。ブルーベリーは、その健康効果から「ミラクルフルーツ」と呼ばれています。それで、Tomekがわたしたちへ質問しています。「ブルーベリーは日本でも知られているのですか?」

Plantacja Borówka Dixa

【プレ・ブラトミワ4】こんにちは!お待たせしました。歴史の達人・トマシュによるまち歩きヒストリーガイドの4回目は、中世の欧州における最大級の戦争で、ポーランド人にとって血沸き肉躍る栄光の戦いです。この戦いの大勝利をものにしたポ...
16/07/2021

【プレ・ブラトミワ4】
こんにちは!お待たせしました。歴史の達人・トマシュによるまち歩きヒストリーガイドの4回目は、中世の欧州における最大級の戦争で、ポーランド人にとって血沸き肉躍る栄光の戦いです。この戦いの大勝利をものにしたポーランドとリトアニアは、中東欧の覇者に駆け上がっていきました。

「グルンヴァルトの戦い」

1410年7月15日。この日はなにが起きたか、ポーランド人なら誰もが知っています。中世ヨーロッパ最大の騎士団の戦いのひとつが行われた日なのです。ポーランドとリトアニアの連合軍が、西ヨーロッパ中の多数の傭兵に支えられたドイツ騎士団を打ち破りました!
ポーランドとリトアニアの同盟は、ポーランドの女王ヤドヴィガとリトアニアの大公ヤギェウォ(ヨガイラ)の結婚によって生み出され、ポーランドとリトアニアの連合とヤギェウォ朝を創成し、16世紀に中欧最大の帝国を築き上げました。 15世紀初頭のポーランドとリトアニアの最大の敵は、このドイツ騎士団国でした。 1410年7月15日、ドイツ騎士団の力を永久に破壊する大勝利をグルンヴァルトで掴み取りました。ドイツ騎士団は、総長のウルリッヒ・フォン・ジュンギンゲンを含む幹部のほぼ全員が戦死するという、大敗北を喫しました。
戦闘終了後、ポーランドの王ヴワディスワフ・ヤギェウォはドイツ騎士団の旗を持ち帰り、聖スタニスワフ(ポーランド・カトリック教会の守護聖人)の祭壇の前に奉納したあと、勝利のしるしとしてヴァヴェル城内のクラクフ大聖堂に吊るしました。
敵軍の旗を持ち帰って奉納する儀式は、その後も大勝利を収めるごとに行われ、ヤン3世ソビエスキがオスマン帝国(トルコ軍)の旗をウィーンから持ち帰った1683年まで続きました。
クラクフには、グルンヴァルト記念碑もあります(1910年創建。第二次世界大戦中にポーランドに侵攻したドイツによって破壊されましたが、1976年に再建されました)。

【丸山解説】
1.敵軍の旗を持ち帰る儀式は非常に重要で、大勝利の証だった。
2.グルンヴァルト記念碑はクラクフ中央駅そばのマテイコ広場にある。1910年はグルンヴァルトの戦いから500周年で、節目を記念して建立されたが、当時のポーランドはオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあり、計画は秘密裡に進められた。
3.トマシュによれば、本稿の戦いで少なくとも50000人が戦闘に参加した。

写真はすべてトマシュ撮影 / foto@Tomasz Kinas

次回もお楽しみに!

13/07/2021

500年前に初めて鳴らされたジグムントの鐘。きょう、クラクフの街じゅうで、その音を堪能しています!(30km離れた場所でも鐘の音が聞こえるのです🔔😊)

【プレ・ブラトミワ3】トマシュは、きょうからヴァヴェルの歴史と魅力に迫ります。前回の解説で天皇皇后両陛下の来波に触れましたが、あの忙しいクラクフ滞在で最初に立ち寄った場所が、このヴァヴェルでした。内部の美しい装飾や膨大なコレ...
13/07/2021

【プレ・ブラトミワ3】
トマシュは、きょうからヴァヴェルの歴史と魅力に迫ります。前回の解説で天皇皇后両陛下の来波に触れましたが、あの忙しいクラクフ滞在で最初に立ち寄った場所が、このヴァヴェルでした。内部の美しい装飾や膨大なコレクションを通して、ヤギェウォ朝の黄金時代に触れることができます。

「ヴァヴェル」

クラクフで最も重要な場所といえば、王宮と大聖堂のあるヴァヴェル城。何世紀にもわたり、ポーランドの支配者にとって最も重要な場所でした。ほとんどのポーランドの王はここの大聖堂で戴冠し、死後はそこで埋葬されました。 ヴァヴェルはポーランドの国家的シンボルとしてポーランド全土が周知しており、すべてのポーランド国民にとって必ず訪問すべき地です。1978年、ヴァヴェルとクラクフの旧市街が最初のユネスコ世界遺産に登録されています。
城は主に16世紀のルネッサンス様式の建物ですが、ゴシック様式の要素もみられます。展示物には、とりわけ有名なタペストリー群が含まれています。写真のタペストリーは16世紀、ポーランドの王ジグムント2世アウグストの注文によって製織されたものです。
大聖堂の歴史は14世紀に遡ります。ゴシック様式で、12世紀のロマネスク様式の古い大聖堂が遺されており、一連のルネッサンス様式とバロック様式の礼拝堂があります。最も美しいジグムント礼拝堂(写真の金色のドームの場所です)は、「16世紀のルネッサンスの真珠」と呼ばれています。そして地下室にはポーランド歴代の王の墓があり、塔にはあのジグムントの鐘があります。
次回は、城と大聖堂の詳細を紹介します😉

【丸山解説】
1.ジグムント2世アウグスト(Zygmunt II August, 1520年8月1日 - 1572年7月7日)​は名君の誉れが高く、在位中(1548年 - 1572年)の1569年、ポーランド王国とリトアニア大公国の2国からなる連合国家「ポーランド・リトアニア共和国」が樹立したのは、かれの働きかけが大きいとされている。以後、同国は欧州最大の国土面積を誇り(オスマン・トルコを除く)、1795年のポーランド分割まで存続した。
嫡子に恵まれなかったため、ヤギェウォ朝最後の王となった。
2. 写真のタペストリーの大きさがすごい。5m×9m。日本の典型的な2DKのアパートがすっぽり入るではないか。

博物館内の展示物などの写真はすべてトマシュ撮影 / foto@Tomasz Kinas

次回もお楽しみに!

【プレ・ブラトミワ2】19年前のきょう、当時の天皇皇后両陛下がクラクフに来たよ。2002年7月11日、日本の当時の天皇昭仁さま、ならびに皇后美智子さまが、クラクフ市を訪れました。 その折、おふたりは日本美術技術博物館“Manggha”...
11/07/2021

【プレ・ブラトミワ2】19年前のきょう、当時の天皇皇后両陛下がクラクフに来たよ。

2002年7月11日、日本の当時の天皇昭仁さま、ならびに皇后美智子さまが、クラクフ市を訪れました。 その折、おふたりは日本美術技術博物館“Manggha”(マンガ)を訪れました。同館は1994年から運営している国立の博物館で、日本の文化を総合的に紹介しています。両陛下は歌川広重の木版画のコレクションをご覧になりました。

同館では数多くの企画展や活動を展開。日本美術の展示会や伝統音楽のコンサートのほか、日本語教室、折り紙、生け花やお茶作りなどのワークショップも行っています。
博物館設立のきっかけは、オスカーなど数々の映画賞を受賞したポーランドの傑出した映画監督、アンジェイ・ワイダ氏による発案と賞金提供。残りの資金は、クラクフ京都財団とJR東日本労働組合から提供されました。建物のデザインは有名な建築家、磯崎新氏から寄贈されました。
ところで、この「マンガ(Manggha)」というユニークな名前!1920年、日本に関連するコレクションをクラクフ市に寄贈したポーランドのコレクター、フェリクス・ヤシェンスキ氏のニックネームに由来しています。 そして現在、「マンガ」という言葉は、日本の漫画(コミックス)の通称ですね😙

【丸山解説】
1.アンジェイ・ワイダ氏は1987年、稲森和夫財団から「京都映画賞」を受賞。賞金の全額(4500万円)を博物館設立のために寄付した。
2.多くの人の善意と寄付によって博物館は開館した。磯崎新氏も無償で設計。JR東日本労組は路上で募金活動を行うなどして、資金集めに協力した。クラクフ市も敷地を無償提供している。
3.立地は最高。ヴィスワ川のほとりに面しており、ヴァヴェル城の対岸にある。
4.同館のワークショップに参加した二人の着物姿の女の子は、トマシュの長女アニャと次女のゾシャ。特にアニャは日本が大好き。
5.この日の両陛下の日程は超多忙!午前中にクラクフへ向かい、夜にはワルシャワに戻っており、クラクフ滞在はわずか数時間だった。
(以下、宮内庁HPより)7月11日(木)
午前 ワルシャワ(オケンチェ空港)御発
クラクフ(バリツェ空港)御着
ヤギェウォ大学ご訪問
午後 マウォポルスカ県地方長官夫妻主催午餐会(織物会館)
ヴァヴェル城(王宮及び大聖堂)ご視察
日本美術・技術センターご訪問
クラクフ(バリツェ空港)御発
ワルシャワ(オケンチェ空港)御着
夜 迎賓館(ワルシャワ)ご宿泊

博物館や展示物など写真撮影はすべてトマシュ/foto@Tomasz Kinas

次回もお楽しみに!

【プレ・ブラトミワ1】きょうはジグムントの鐘500周年!触ると幸せになる?ポーランド最古の「ジグムントの鐘」トマシュはクラクフの歴史散歩をヴァヴェル城シリーズでスタートさせます。ヴァヴェルはポーランド史で最も重要な場所で見どころ...
09/07/2021

【プレ・ブラトミワ1】きょうはジグムントの鐘500周年!
触ると幸せになる?ポーランド最古の「ジグムントの鐘」

トマシュはクラクフの歴史散歩をヴァヴェル城シリーズでスタートさせます。ヴァヴェルはポーランド史で最も重要な場所で見どころも盛りだくさん。きょうは初めてのガイドです!

「ジグムントの鐘🔔」

今週のクラクフは、ポーランドで最も有名な鐘「ジグムントの鐘」の鋳造500周年を祝っています。ヨーロッパ最大の鐘で、現在も12人の男性がロープで引っ張って鳴らしています。
鐘が鋳造されたのは1521年。当時のポーランドの王、ジグムント1世の命によるものです。この時代はポーランドの歴史でもっとも輝かしい、いわゆる「黄金時代」でした。
ちょうど500年前のきょう(1521年7月9日)、鐘はヴァヴェル城敷地内の大聖堂の塔につるされ(つるすだけで1時間を要したそうです)、7月13日に初めて鳴らされました。その後500年にわたり、最も重要な祝日や記念日だけでなく、ポーランドやカトリック教会にとって重要な行事が行われるたびに(たとえば新しい教皇の選挙や司教の死後など)、鐘が鳴らされてきました。
近年では、パリのノートルダム大聖堂の火事の後や、COVID-19によるパンデミックを克服する祈りのためにも、鐘は鳴りました。
鐘の直径は242センチ、重さはなんと12,600kgを超える巨大なもの。2000年のクリスマスの日に鐘の舌が壊れてしまったため、新しいものと交換しました。
この冬、Miwaはこの鐘がある塔の階段を上り、幸運を呼ぶ鐘の舌に触っていましたよ🙂😉

【丸山解説】
ポイント1
東洋の鐘と西洋の鐘(洋鐘または南蛮鐘)の大きな違いは、鐘の内部空間につるされた分銅の有無だろう。この分銅をポーランドでは「心臓(Serce)」呼ぶが、日本語では「舌(ぜつ)」という。どちらも身体の一部を用いているが、心臓と舌では大きく異なるので、おもしろい。
ポイント2
ジグムントの鐘に触ると幸運になれるという言い伝えがある。触るためには塔の上まで行かねばならないが、美しい旧市街が一望できるので、おすすめしたい。

写真撮影・トマシュ/ foto Kinas
次もお楽しみに!

24/06/2021

ブラトミワ、発進!

(わたしのブラウスのボタンが留め忘れているのは、いつものまぬけな習慣なので、笑ってください)

さらに変態に変身中のわたし・丸山が、クラクフの盟友・トマシュとスーパーユニット「Bura ToMiwa」(ブラトミワ)を結成しました。
本ページでは、クラクフを中心とするポーランドの歴史や文化の情報を細かく短く、そしてできるだけ頻繁に発信していきます。

本企画の案内人を務めるのはトマシュです。かれはクラクフで最も古い友人のひとりで、2年半近く前にクラクフの街の中で出会いました。以来、何度も街あるきと酒飲みを繰り返してきました。
トマシュは名門UAM(国立アダム・ミツキェヴィチ大学。ポーランドの三大名門大学・大学院のひとつ)の歴史学の修士号を取得。クラクフきっての歴史通で、いっしょに街を歩いていると必ず、ニヤリとする歴史の逸話をねじ込んできます。
ことし2月、トマシュから「なにかおもしろい紹介を日本向けにやってみたいんだけど」という申し出がありました。トマシュの高い教養と豊富な知識、たぐいまれなユーモア感覚は日本向けで、これを生かさない手はありません。それから少しずつ作戦を練り、準備を進めてきました。

タイトルはもちろん、あのNHK名番組「ブラタモリ」をもじりました!そして「タモリ」の部分は、トマシュ(Tomasz)と、わたしの名前(Miwa)を合体。古都・クラクフをぶらぶら歩きながら、ブラタモリのように意外なおはなしを興味深く紹介していきます。もちろん、毎回の最後には、飲み屋の情報かグルメ情報を入れるつもりです。
ひとりでも多くのかたが「ちょっとなにこれ。クラクフっておもしろいじゃん」と思ってもらえれば幸いです。

本ページでは、わたしの雑談もときどき投稿します。現在序章「プレ・ブラトミワ」として、トマシュが書いた記事の日本語訳と写真を発信しながら、「ブラトミワ・スタイル」を固めていきます。最終的には短い動画を発信する予定です。

ブラトミワ、どうぞご期待ください。トマシュと一緒に歴史散歩に出かけましょう。そしてニヤッとしましょう!

Tomasz Kinas(トマシュ・キナス)略歴
2000年、UAM w Poznaniu卒業。修士(歴史学、バルカン地域)。Biuro Turystyszne KINAS代表取締役。2019年、クラクフ公式ガイド免許取得(註・超難関です)。生きがい(趣味以上。情熱そのもの)は旅行と歴史、チェス。三児の父。ニックネームはトメク(Tomek)。

撮影・わたしの天使のベアタ / Foto@Beata Zub , jest moim aniłoem😁
いっしょにいたのは友人でシュチェチンのジャーナリスト、モニカ/Monika Gapińska, jest kolezanką, Szczecinską dziennikarką😍

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