黄金町駅

黄金町駅 京浜急行電鉄 黄金町駅 KK40

06/12/2024
01/02/2024

こんにちは。
2024年なったと思ったら早くも1月も、もう終わり。
受験や卒業に向けての論文も盛んなシーズンです。
私たちサポーターも大学の修士論文の取材のオファーがありました。

『テーマは創造界隈拠点と市民のかかわり』とても難しそうなタイトルです。
創造界隈とは文化・芸術による「創造都市」作りに取り組む横浜市内のアーティストやクリエーターが集う場所のことだそう。
黄金町周辺や、BankART、象の鼻テラスなどが位置付けられているそうです。
この場所で活動するサポーターがどのようなきっかけで参加して何を感じているかということ取材されました。
ちなみに私はサポーター活動に限らずここで体験したイベントなどを含めて色々な方と知り合いになれたことなどをお話しました。

黄金町で取材されたサポーターの印象はいかがですか?
と、逆に質問してみたところ、黄金町バザールのサポーターはアートに興味がある人が他の拠点に比べて多い印象があるとのことでした。
創造とはアートに限らないことのようですね。

バザールサポーターは黄金町バザールを盛り上げたい人はもちろん、まちを盛り上げたい人も、いつでも募集してます。
ぜひ、ご連絡お待ちしてます。

https://koganecho.net/bazaar-supporter

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住所

南区白金町1/1
Yokohama, Kanagawa
232-0005

アラート

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Wikipediaより

元々は久良岐郡太田村の内で、1869年に黄金町が成立した。哲学書『淮南子』(えなんじ)の「清水有黄金金龍淵有玉英」の一節から町名を採ったとされる。かつては水田であった関外地区も、明治時代にもなると横浜の中心部、関内地区の発展に伴って都市化が進んだ。

明治の中頃には、大岡川に加えて吉田新田内の水路などの河川網が、関内・関外地区をめぐり人や物を運ぶ重要な輸送路として確立した。川を航行したのは主に、石材、木材などの建築資材をはじめ、石炭、食料品、肥料、生活用品などさまざまな貨物を扱う艀(はしけ)と呼ばれる無動力の小型運搬船であった。艀にはいろいろな種類があるが、1890年前後(明治23年前後)から、堅固で多くの貨物が運べる達磨(だるま)船が主流になった。

開港以後、当時の大岡川河口、現在の野毛地区の川沿いには米問屋など、荷物の運搬に水運を利用する卸売業者が増えていき、その傾向が日ノ出町の川沿いまで広がって、黄金町の木材問屋などができたと見られている。このようにして、黄金町や日ノ出町には問屋などの商業が増え始め、町が出来上がっていった。川べりは桜並木ではなく柳並木であった。柳は枝の揺れる姿が人を招く、と言われて商業地域では好まれ、その風習が柳並木となっていた。

関東大震災前の初音町通りは、初音町交差点から東小入口信号間と平行した一本裏の赤門町寄りの通りで、伊勢佐木町通りに負けないほど賑やかであった。なお、平戸桜木道路はまだなく震災以後に野毛の方から井土ケ谷に向けて真っすぐの通りができた。