パラマハンサ・ヴィシュワナンダ 日本のページ

パラマハンサ・ヴィシュワナンダ  日本のページ バクティ・マルガ・コミュニティはパラマハンサ・シュリ・スワミ・ヴィ?

国際バクティ・マルガ・ファミリーはマハヴァター・ババジの直弟子であり、
神への道を開いたマスター、パラマハンサ・シュリ・スワミ・ヴィシュワナンダの教える愛、
忍耐、そして調和を得ることに励んでいます。

スワミは世界中の信者に、神の愛を探し求めるよう教えています。そしてこの愛を目覚ます為に数多くの深遠なテクニックを教え、ダルシャン、サットサング、ヤグナ等のイベントを通して絶えず祝福を与えています。

バクティ・マルガの寺院は世界中にあって、祈祷をはじめアートマ・クリヤ・ヨーガ、バジャン、ムドラー、シンプリー・メディテーション等の奥深いテクニックを広めています。

更に詳しいインフォメーションをご希望の方は、ウェブサイトを参照のこと、
又はメッセージをお送り下さい。

〘You can read the original X tweet of Beloved Guruji by clicking the link below〙https://x.com/vishwananda/status/1734861...
13/06/2026

〘You can read the original X tweet of Beloved Guruji by clicking the link below〙
https://x.com/vishwananda/status/1734861357898441112?s=20

ポジティブになるのは、どうして難しいのでしょうか?
理由は、2つあります。1つ目は、ネガティブからポジティブに変容するためには、努力とエネルギーが必要になること。2つ目は、ポジティブな考え方が、しばしば、希望的観測に過ぎないものになってしまっていること。つまり、奥底に、葛藤、苦しみ、過去のトラウマ、ネガティブな感情があるのに、表面的な思考をポジティブに考えようとしているだけで、まったく根付いていないこと。
「人間は習慣の生き物である」という表現を聞いたことがありますか? この表現は、真実です。私たちの良い性質は習慣であり、一方、ネガティブな性質も同様に習慣です。人間には、肉体的な癖だけでなく、精神的な癖もあります。習慣は習慣に過ぎませんが、習慣にも理由があります。ですから、意識的に賢明に選択することが大切です。思考を条件づけるということは、大切にしている考えや感情と習慣的に共感することです。ネガティブな考え方も同様に習慣ですから、容易に変えることはできません。習慣を変えるためには、相応の時間が必要で、何を変えたいのか明確にして、熱意を持って取り組む必要があります。
また、生理学的な要因もあります。たとえば、脳のメカニズムです。脳は、確実に生き残るために機能するように構築されていますから、外側からのネガティブな刺激に対して強く反応します。内面的な感情に対しても同様です。脳がより強く反応すると、より深い痕跡が脳に刻み込まれます。心理的な痛手やトラウマも同じです。もし、それが癒されなければ、繰り返し苦しむことになり、苦しみが増幅されます。
だから、多くの人々が幼少期のトラウマに苦しんでいるのです。また、特定の状況や出来事が、マインドと脳に深く刻まれて、トラウマの原因になることがあります。人生では、苦しみそのものを回避することはできませんが、それを癒し、改善することは可能です。その成否は、決心とコミットメントにかかっています。たとえ、体系的にポジティブなものが打ち壊されたとしても、自分自身に関する間違った信条を持っているとしても、内奥の空間やインナーチャイルド(生まれつきの英知と直感)に再びつながることができなくても、誰も信頼できないとしても、他人のせいで心身が衰弱してしまったとしても、自己尊厳が感じられないとしても、失望し、罪の意識にさいなまれているとしても、あなたの内側には源がありますから、自分自身を癒して変容するチャンスは残っています。自然にチャンスが訪れることがあれば、自分でチャンスを作らなければならないこともあります。いずれにしても、変容するために最善を尽くし、ポジティブでいることを習慣にしなければなりません。苦しみ、トラウマ、壊れてしまった感じ、ネガティブな感情などを癒したことに由来するポジティブなものは、深く根を張って、長い間続き、広まっていきます。
ポジティブになるには、努力が必要で、さらなるエネルギーを生み出す必要があります。つまり、規律を受け入れて、それを守る、ということです。これこそサーダナであり、本当のスピリチュアリティ(変容するための努力)です。ただし、決して忘れてはならないことは、スピリチュアルな規律は、決して味気ないものではなく、意思の力だけに頼っているわけではない、ということです。スピリチュアルな規律が愛に基づいている時、もっと効果的・効率的になります。愛は、最も偉大な力です。サーダナの中に愛が現れていれば、あらゆることが容易になり、実現できる可能性が飛躍的に高まり、究極的には、本当に成功します。
ですから、最善を尽くして努力してください。あなたは、決して孤独ではありません。自ら進んで変容する勇気があれば、必ず手助けや支援が届けられます。
パラマハンサ・ヴィシュワナンダ

〘English below〙シュリー・ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランマネ・ナマハありとあらゆる者を守護する、至高の主ヴィッタラに、私のすべてを恭しく明け渡します。このマントラは、主ヴィッタラからグルジに啓示されました。誰でも唱えること...
11/06/2026

〘English below〙

シュリー・ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランマネ・ナマハ
ありとあらゆる者を守護する、至高の主ヴィッタラに、私のすべてを恭しく明け渡します。

このマントラは、主ヴィッタラからグルジに啓示されました。誰でも唱えることができますので、ぜひ唱えてみてください。毎週木曜日、マントラの理解を深めていただくため情報を紹介しています。

ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランの神像には、8つの特徴があります。
法螺貝、チャクラ(円盤)、フルート、ギヤーナ・ムドラー(親指と人差し指の指先を合わせるポーズ)、小指でゴーヴァルダナの丘を持ち上げている様子、パドマ(蓮華)、カティ・ハスタ・ムドラー(腰に両手を当てるポーズ)、ガダー(こん棒)。
これらの特徴には、深い意味がありますので、一つずつ掘り下げて解説しています。

ゴーヴァルダナの丘を持ち上げている小指

ゴーヴァルダナの丘は、主クリシュナご自身の顕現であるとともに、主の偉大な帰依者でもあります。
ヴラジャの人々は、主の教えに従って、(インドラではなく)ゴーヴァルダナの丘に感謝の祈りを捧げます。とても喜んだ主は、ご自身をゴーヴァルダナの丘に充満させ、ゴーヴァルダナの丘として顕現します。このようにすることで、ヴラジャの人々の礼拝と奉仕は、主に直接捧げられることになり、多大なご利益が授けられました。ゴーヴァルダナの丘は、主の召使いとして顕現した主そのものなのです。神そのものである主が偉大な帰依者の役割を演じ、自分のリーラ(遊戯)に参加しています。

kṛṣṇas tv anyatamaṁ rūpaṁ
gopa-viśrambhaṇaṁ gataḥ |
śailo ’smīti bruvan bhūri
balim ādad bṛhad-vapuḥ ||
主クリシュナは、牛飼いの人々に信仰を教え込むために、比類なきほど巨大な姿になって、「私は、ゴーヴァルダナの丘である」と宣言し、たっぷり捧げられた食べ物を食べ尽くした。
ーシュリーマド・バガヴァタム第10巻第24章第35節

ゴーヴァルダナの丘を持ち上げているポーズは、私たちが主に助けを求めることを受け入れ、私たちを輪廻の苦しみから守護する姿の象徴です。ちょうど、主クリシュナが、丘を持ち上げてヴラジャの人々を守るリーラを演じたように。

śrī viṭṭhala giridhāri parabrahmaṇe namaḥ
My obeisances to the Supreme Lord Viṭṭhala, who is the refuge and protection of everyone.

Everybody can chant this mantra. Why don’t you try! On Thursday we share some information to deepen the understanding of this mantra.

The deity of Viṭṭhala Giridhārī Parabrahman has a total of eight attributes, each of which has a profound meaning: the conch and the Cakra, the flute, the jñāna-mudrā (hand with thumb and index finger joined together), the holding of Govardhana Hill, the Padma (lotus), the kaṭi-hasta-mudrā (the hands on the hips), and the Gadā (mace). Each has a deeper meaning that we will explore in this chapter.

Finger Lifting Govardhana

Govardhana is a manifestation of Lord Kṛṣṇa Himself, and at the same time a great devotee of Lord Kṛṣṇa. Instructing the residents of Vraja to show their gratitude to Govardhana Hill, Lord Kṛṣṇa became so pleased that He chose to manifest His presence in Govardhana Hill, assuming its identity and infusing it with His own. In this way, the worship and service of the vrajavāsīs would be rendered directly to Him, giving them the greatest benefit. Govardhana is the Lord manifesting as the servant of the Lord. He is God Himself who has assumed the role of a great devotee to participate in His pastimes.

kṛṣṇas tv anyatamaṁ rūpaṁ
gopa-viśrambhaṇaṁ gataḥ |
śailo ’smīti bruvan bhūri
balim ādad bṛhad-vapuḥ ||
Kṛṣṇa then assumed an unparalleled, huge form to instill faith in the cowherd men. Declaring ‘I am Govardhana Hill!’ He ate the plentiful offerings.
– Śrīmad Bhāgavatam, 10.24.35

Holding the Govardhana Hill represents the Lord protecting us from saṁsāra and allowing us to take refuge in Him, just as He covered the vrajavāsīs during His earthly līlā.

〘English Below〙ヴェーダには、特定のマントラが書かれていて、その讃歌は、あなたを主へ近づけてくれます。しかし、ヴェーダにも、シャストラにも、聖典にも書かれていない儀式があります。このような儀式は、個人的な利益を得るためのもので...
09/06/2026

〘English Below〙
ヴェーダには、特定のマントラが書かれていて、その讃歌は、あなたを主へ近づけてくれます。しかし、ヴェーダにも、シャストラにも、聖典にも書かれていない儀式があります。このような儀式は、個人的な利益を得るためのものです。バガヴァーンは、それは主には届かない、と説いています。ヤクシャや悪魔などに届いて、人々の低俗な望みがかなえられるだけです。
パラマハンサ・ヴィシュワナンダ

In the Vedas there are certain mantras: the hymns which bring one closer to the Lord. But, there are other rituals which are not in the Vedas, in the śāstras and the holy scriptures, and they are used for personal gain. Bhagavān says that these rituals don’t reach the Lord. They reach only the Yakṣas, the demons and entities which fulfil only the lower wishes of people.
Paramahamsa Vishwananda

〘You can read the original X tweet of Beloved Guruji by clicking the link below〙https://x.com/vishwananda/status/1734074...
06/06/2026

〘You can read the original X tweet of Beloved Guruji by clicking the link below〙
https://x.com/vishwananda/status/1734074338633044100?s=20

深く澄み切った明晰さとは、何を意味するのでしょうか?
マインドやエゴに惑わされることなく、真実を見つめることです。ありのままの物事を、判断することなく見つめることです。
それは、無条件に愛し、信頼することでもあります。愛は盲目的と言われますが、そうではありません。実際には、愛は、正しく、はっきりと見ています。盲目的と表現されるのは、愛は、エゴを揺さぶり、マインドに挑みかかり、コンフォートゾーンを打ち壊す、炎のような力だからです。力強く愛することは、精一杯生きることを意味します。精一杯生きることは、勇気を持って進んで行くことを意味します。
深く澄み切った明晰さは、人生、意識、愛に関する、深い洞察でもあり、知識を英知に変容させます。
パラマハンサ・ヴィシュワナンダ

〘English below〙シュリー・ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランマネ・ナマハありとあらゆる者を守護する、至高の主ヴィッタラに、私のすべてを恭しく明け渡します。このマントラは、主ヴィッタラからグルジに啓示されました。誰でも唱えること...
04/06/2026

〘English below〙

シュリー・ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランマネ・ナマハ
ありとあらゆる者を守護する、至高の主ヴィッタラに、私のすべてを恭しく明け渡します。

このマントラは、主ヴィッタラからグルジに啓示されました。誰でも唱えることができますので、ぜひ唱えてみてください。毎週木曜日、マントラの理解を深めていただくため情報を紹介しています。

ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランの神像には、8つの特徴があります。
法螺貝、チャクラ(円盤)、フルート、ギヤーナ・ムドラー(親指と人差し指の指先を合わせるポーズ)、小指でゴーヴァルダナの丘を持ち上げている様子、パドマ(蓮華)、カティ・ハスタ・ムドラー(腰に両手を当てるポーズ)、ガダー(こん棒)。
これらの特徴には、深い意味がありますので、一つずつ掘り下げて解説しています。

チャクラ(円盤)

ウパニシャッドは、唯一の存在である主が多数になることを願った、と教えています。
tad aikṣata bahu syāṁ prajāyeyeti |
私は一つである、願わくは多くにならん
チャーンドーギヤ・ウパニシャッド6.2.3

この意図によって、あらゆる創造が始まりました。チャクラ(円盤)は、シュリマン・ナーラーヤナの「多数になる」というサンカルパ(願い、もしくは、意図)を象徴しています。
スダルシャナと呼ばれる美しいチャクラは、主ヴィシュヌの武器で、数千本のスポークを持つ車輪として描写されます。その中心にある六芒星は、この世界を顕現させた、プルシャ(男性原理)とプラクリティ(女性原理)の統合の象徴です。
チャクラは、円盤のような武器として描かれることが多く、主が敵を滅ぼすために使われます。たとえば、シュリーマド・バガヴァタムでは、主は、聖者ドゥルバーサの怒りからアンバリシャ王を守るためにチャクラを使いました。武器としての円盤は、ネガティブなものを破壊することを象徴しています。

śrī viṭṭhala giridhāri parabrahmaṇe namaḥ
My obeisances to the Supreme Lord Viṭṭhala, who is the refuge and protection of everyone.

Everybody can chant this mantra. Why don’t you try! On Thursday we share some information to deepen the understanding of this mantra.

The deity of Viṭṭhala Giridhārī Parabrahman has a total of eight attributes, each of which has a profound meaning: the conch and the Cakra, the flute, the jñāna-mudrā (hand with thumb and index finger joined together), the holding of Govardhana Hill, the Padma (lotus), the kaṭi-hasta-mudrā (the hands on the hips), and the Gadā (mace). Each has a deeper meaning that we will explore in this chapter.

Cakra – The Discus

The Upaniṣads say that the one Lord wished to become many:
tad aikṣata bahu syāṁ prajāyeyeti |
I am one, may I become many.
– Chāndogya Upaniṣad, 6.2.3

After setting this intention, all creation began to emerge. The Cakra represents His will to become many, the first saṅkalpa (wish or intention) of Śrīman Nārāyaṇa.
This cakra is called Sudarśana, which means ‘beautiful to look at’. It is depicted as a wheel with thousands of spokes and is the weapon of Lord Viṣṇu. In the centre lies a hexagram, representing the union of Puruṣa and prakṛti, the male and female principle that gives rise to the manifested world.
The Cakra is commonly described as a disc-like weapon used by the Lord to destroy the enemies. This is seen, for example, in the story of King Ambarīṣa in the Śrīmad Bhāgavatam, where the Lord sent His Cakra to protect His devotee from the wrath of the sage Durvāsa. As a weapon, the discus symbolises the destruction of negativity.

〘English Below〙切望することは、何かを頼むことではありません。それは、内面で目覚めるフィーリングで、神を引き寄せる磁石です。今は小さな磁石でも、育っていくのです。神への愛と切望が強くなると、それに応じて、磁石が大きくなります。...
02/06/2026

〘English Below〙
切望することは、何かを頼むことではありません。それは、内面で目覚めるフィーリングで、神を引き寄せる磁石です。今は小さな磁石でも、育っていくのです。神への愛と切望が強くなると、それに応じて、磁石が大きくなります。そして、神がどこにいても、あなたのもとへ引き寄せるのです。とても大きな磁石で、天国にいる神でさえも、あなたのところへ引き寄せると想像してみてください。
パラマハンサ・ヴィシュワナンダ

Longing is not about asking. It’s a feeling which awakens inside, which draws Him. It’s a magnet. It is small, but it grows. The more there is Love and longing for Him, the more that magnet grows and becomes big. And wherever He is, He is attracted to you and comes to you. Imagine that this magnet is so big that even attracts the Lord who is in Heaven, and pulls Him towards you.
Paramahamsa Vishwananda

〘You can read the original X tweet of Beloved Guruji by clicking the link below〙https://x.com/vishwananda/status/1734073...
30/05/2026

〘You can read the original X tweet of Beloved Guruji by clicking the link below〙
https://x.com/vishwananda/status/1734073778559168944?s=20

(2)神へ明け渡すと決断する責任を受け入れる
あらゆる責任を神に明け渡しているのに、どのように自分が責任を果たせばよいのか? 矛盾しているのではないか? 論理的に理解しようとしたり、行動しようとするなら、衝撃を受けることになります。実際、私たちは、衝撃を受けなければなりません。明け渡すことは、私たちの責任であり、決断でもあるのですから。そのためには、愛が成熟し、深まらなければなりません。だからこそ、信頼と愛、信頼とハートが結ばれているのです。この組み合わせは最も強いもので、それが現れている時には、信仰が深く根ざし、絶対的なものになります。マインドの性質そのものが変容し、マインドとハートが融合するからです。その時、私たちは、全体に統合され、恩寵をはっきりと理解します。統合された時に恩寵が授けられただけではなく、スピリチュアルな旅路を歩いている間、ずっと恩寵が授けられていたのです。恩寵がなければ、信仰や信頼は存在しません。打ちのめされ、信仰や信頼を失ったと感じた後、恩寵がなければ、どのように前進できるというのでしょうか? 常に私たちのものであり、私たち自身の一部になっているものを失うことはできません。このように理解できるのは、恩寵のおかげです。私たちは、これをわきまえておく必要があります。なぜなら、信仰や信頼は、私たちがそのように呼んでいるものを手がかりに理解できるわけではないからです。信仰と信頼は、私たちに内在している、変容するための源です。それは、マインドの力であり、ハートの力です。知る力であり、愛する力です。精一杯生きる力であり、明け渡す力です。
パラマハンサ・ヴィシュワナンダ

内なる聖域へーヒマラヤ巡礼     マハヴァター・ババジの足跡を辿って🗓️ 2026年10月2日〜11日🇯🇵 日本人アートマ・クリヤ・ヨーギー限定Paramahamsa Vishwananda グルジは、「偶然に起こることは何ひとつない」と...
29/05/2026

内なる聖域へーヒマラヤ巡礼     
マハヴァター・ババジの足跡を辿って

🗓️ 2026年10月2日〜11日
🇯🇵 日本人アートマ・クリヤ・ヨーギー限定

Paramahamsa Vishwananda グルジは、
「偶然に起こることは何ひとつない」
とたびたび話されています。

私たちがアートマ・クリヤ・ヨーガに惹かれ、シャクティパートを授かったこともまた、偶然ではありません。

そして今、クリヤ・ヨーガの源流であるヒマラヤへと呼ばれている—
そのようにハートで感じている方は、ぜひこの貴重な機会を逃さずご参加ください。

この巡礼では、Mahavatar Babaji をはじめ、神々や聖者たちが奇跡を顕した数々の聖地を巡り、大いなる祝福を受け取ります。

深い呼吸とチャンティングとともに、全身で偉大なる聖域を体験しながら、
外側のヒマラヤを旅し、そして自分の内に在るヒマラヤ(聖域)へと到達していく巡礼です。

内なる聖域へ-ヒマラヤ巡礼
2026年10月2日〜11日

申し込み&詳細
(早割は6/15まで❗️)

https://journeywithin.bhaktimarga.in/pages/sacred-himalayas-2026-for-japanese-sangha-japanese

ーーーーーーーーー

ヒマラヤ巡礼説明会
zoomミーティングを開催します‼️

日時: 6月7日(日曜日)
時間: 16:00-17:00頃まで
対象: 興味ある方どなたでも参加できます。

この説明会では、バクティマルガインドの巡礼チームメイトと共に、ヒマラヤ巡礼の様子や話しはもちろん、巡礼の恩寵について、インドに住んでる体験談、Q&Aなど織り交ぜて楽しくお話しする予定です。ぜひお気軽にご参加ください。

参加希望の方は、お気軽にご連絡ください。zoomリンクをお送りします。
連絡先
https://bhaktimarga.jp/contact/

Paramahamsa Sri Swami Vishwananda

〘English below〙シュリー・ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランマネ・ナマハありとあらゆる者を守護する、至高の主ヴィッタラに、私のすべてを恭しく明け渡します。このマントラは、主ヴィッタラからグルジに啓示されました。誰でも唱えること...
28/05/2026

〘English below〙

シュリー・ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランマネ・ナマハ
ありとあらゆる者を守護する、至高の主ヴィッタラに、私のすべてを恭しく明け渡します。

このマントラは、主ヴィッタラからグルジに啓示されました。誰でも唱えることができますので、ぜひ唱えてみてください。毎週木曜日、マントラの理解を深めていただくため情報を紹介しています。

ヴィッタラ・ギリダーリ・パラブランの神像には、8つの特徴があります。
法螺貝、チャクラ(円盤)、フルート、ギヤーナ・ムドラー(親指と人差し指の指先を合わせるポーズ)、小指でゴーヴァルダナの丘を持ち上げている様子、パドマ(蓮華)、カティ・ハスタ・ムドラー(腰に両手を当てるポーズ)、ガダー(こん棒)。
これらの特徴には、深い意味がありますので、一つずつ掘り下げて解説しています。

法螺貝(シャンカ)

pāñcajanyam hṛṣīkesaḥ...
主クリシュナは、自分の法螺貝(パンチャジャニャ)を吹き鳴らした。
バガヴァッド・ギーター第1章第15節

法螺貝は、オームカーラ(オームの音そのもの)、シャブダ・ブランマン(広大無辺な音の様相のブランマン、ナーダ・ブランマンとも呼ばれる)を象徴しています。これらのサンスクリットの言葉は、究極の真理そのものである音(振動という姿の至高のブランマン)に言及しています。すべての音の起源は、オームという聖なる1音節です。法螺貝は、あらゆる創造物に浸透しているオームの振動を象徴しています。主クリシュナの法螺貝は、パンチャジャニャと名付けられています。

śrī viṭṭhala giridhāri parabrahmaṇe namaḥ
My obeisances to the Supreme Lord Viṭṭhala, who is the refuge and protection of everyone.

Everybody can chant this mantra. Why don’t you try! On Thursday we share some information to deepen the understanding of this mantra.

The deity of Viṭṭhala Giridhārī Parabrahman has a total of eight attributes, each of which has a profound meaning: the conch and the Cakra, the flute, the jñāna-mudrā (hand with thumb and index finger joined together), the holding of Govardhana Hill, the Padma (lotus), the kaṭi-hasta-mudrā (the hands on the hips), and the Gadā (mace). Each has a deeper meaning that we will explore in this chapter.

Śaṅkha - The Conch

pāñcajanyam hṛṣīkesaḥ...
Śrī Kṛṇa blew His conch, Pañcajanya...
– Bhagavad Gītā, 1.15

The conch represents the oṁkāra, the Śabdab-rahman, also known as Nādabrahman (Brahman in the form of cosmic sound). These terms refer to the sound form of Ultimate Reality: the Supreme Brahman in the form of vibration. All sound is derived from this one syllable: oṁ. The conch represents the vibration that pervades all creation. Lord Kṛṣṇa’s conch is called Pāñcajanya.

〘English Below〙ですから、どのように祈るか、何のために祈るか、ということは、とても大切です。祈ることは、何かが欲しいと頼むことではありません。このような願いは、マインドが考えていることです。以前、「神に祈りなさい!」と話したら...
26/05/2026

〘English Below〙
ですから、どのように祈るか、何のために祈るか、ということは、とても大切です。祈ることは、何かが欲しいと頼むことではありません。このような願いは、マインドが考えていることです。以前、「神に祈りなさい!」と話したら、「神に頼みたい物は、何もありません」と言われたことがありますが、そういうことではないのです。神があなたに望むものは何もなく、同様に、あなたの内奥でも、神に望むものは、神そのものだけで、それ以外のものは、何も望んでいません。そして、あなたが神に頼んでも頼まなくても、あなたが神を切望した時、神は、自らをあなたに授けてくれます。
パラマハンサ・ヴィシュワナンダ

So, it’s also very important how we pray and what we are praying for. Praying is not to ask and ask and ask, because this is the mind. I remember that once I told someone, “Pray to God!” Then the person said, “But, I don’t need to ask Him anything.” No. God doesn’t want anything from you, and also truly inside of yourself you don’t want anything from Him except Himself. And for that, even if you ask Him or not, He will give Himself to you the moment you long for Him.
Paramahamsa Vishwananda

住所

Shinjuku-ku, Tokyo

ウェブサイト

アラート

パラマハンサ・ヴィシュワナンダ 日本のページがニュースとプロモを投稿した時に最初に知って当社にメールを送信する最初の人になりましょう。あなたのメールアドレスはその他の目的には使用されず、いつでもサブスクリプションを解除することができます。

事業に問い合わせをする

パラマハンサ・ヴィシュワナンダ 日本のページにメッセージを送信:

共有する