31/12/2014
西洋的な意味でのファインアートでもなく高価な古美術品でもない、無名の工人による日用雑器が生かされ、沢山眠っている昭和村。限界集落にひっそり佇む廃校と幕末から明治を駆け抜けた侠客の生家とのコンぺでした。
歴史的建造物は、優劣をつけるものでも、順位をつけるものでもなく、ましてや無理に競うものでもありません。本質的にはそうだと、誰もが感じながら、それでも一縷の望みにかけて、互いに粘った年末だったと思います。
2014年の3月から5月にかけて、国立台湾美術館にて、福島に関する展示が開催されました。昭和村のからむし工芸博物館の学芸員吉田さんに書いていただいたテキストをご紹介します。昭和村のみならず、奥会津の魅力がとても実直に描かれています。「持てるものを生かす暮らし」。旧喰丸小学校も、村の持てるものとして、暮らしとともに、無理なく生かし生かされる日が来ることを心より願っています。
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奥会津 持てるものを生かす暮し
からむし工芸博物館 吉田有子
奥会津は、福島県西南部の山の多い豪雪地帯です。平地が少なく雪解け水は冷たいため、田畑の収量も多くありませんでした。一見過酷な環境ですが、里山から必要なものはほとんど得られました。山の木を伐ると木材が手に入り、明るくなった場所にはカヤが生えます。カヤは屋根材だけでなく生活の多くの場面で使われ、そこには、春は山菜、夏は野花、秋はきのこが出ます。人は、毎年収穫するためにどこまで採って良いかをわきまえ、その恵みが自分の努力はわずかであることを知っていて感謝の気持ちを忘れません。手つかずの自然に人が少し手を入れ、環境に負荷をかけずに、人が利用しやすいところでその循環を維持する。この『持てるものを生かす暮し』は、豊かさとは何かを私に問いかけました。
人は長い年月、自然と共に歩んできました。そこに必要なのは、相手を良く理解することです。自然は多様な選択肢を持っていて、環境に合ったものが伸びていきます。自然に長所と短所はありません。それは裏表の関係で、環境に適した点が結果的に長所となるのです。昭和村を長く支えてきた「からむし」も、深い雪による豊かで冷たい水が高品質な繊維の生産に欠かせません。そして厚い繊維は太い糸に、薄い繊維は細い糸にして、素材に無理をさせません。「からむしのなりたいようにしてやんのや」その言葉は衝撃でした。
自然と調和した暮らしは手間暇がかかり、時には重労働です。しかし、1月ほど休みなく行われる苧引きに没頭できたある日、心も体も洗われたような体験をしました。また自然には同じ条件が無く、日々発見や、驚き、感動に出会えます。自然との暮しは苦労ばかりではなく、喜びや楽しみにも満ちています。人も自然も無理をせずに、持っているものを生かす暮しがこれほど優しいものであることを、私は知りませんでした。
(脚注)苧引き:からむしの表皮から繊維を取り出す作業