08/11/2023
「 #思い出の終着駅」プロジェクト
「 #寺子屋」
こちらの投稿をお読みいただくに当たり、
皆様にお知らせがあります。
新十津川駅前にて「お休み処 寺子屋」を営んでいた
後木幸里(うしろぎゆきさと、以後「後木さん」)さんが
去る2023年9月20日に永眠されました。享年93歳。
この場にて謹んでお悔やみ申し上げます。
また先日 #新十津川駅を勝手に守る会 会長と共に、
ご子息(後木満男さん、以後「満男さん」)のお宅にある
御遺影へ挨拶に伺わせていただき、
皆様へお知らせする旨の許諾を得て参りました。
よってこちらの文章は満男さんにご確認いただいている旨、
ご了承ください。
(実はこちらの満男さんも
「地域おこし協力隊」を所管していた産業振興課の課長で、
私、髙野が最初に大変お世話になった方。
本当に不思議な縁です。)
新十津川駅が「日本一早い最終列車が出る駅」として
盛り上がりを見せていた頃、
新十津川駅と同い年(1931年(昭和6年)10月10日開業)
というご縁もあり、
後木さんには大小多くのイベントで、
「名誉駅長」としてご活躍いただきました。
また寺子屋でも鉄道グッズを多数扱っておりましたので、
おそらくお会いになった方も多いかと思われます。
後木幸里さん、昭和6年2月2日生まれ
元々は新十津川町の学園という地区で、
農業を営んでおりましたが、そちらも続けつつ、
新十津川町議会議員を4期(2000年~2015年)勤め上げ、
町政にも多大なご尽力をいただきました。
寺子屋を開いたのは2014年辺り、
新十津川駅を利用し町に降り立った方へ、
少しでも町の中を歩いてもらいたい、
また駅前にトイレや少し休むところがあっても良いのではないか、
との思いから寺子屋を開いたそうです。
私自身、2015年の8月末、新十津川駅の取材を始める前、
最初にご挨拶に伺わせていただいたのがこの場所。
「地域おこし協力隊です。」と言ったら、
「色々大変だろうけど頑張れ」と声をかけていただきました。
駅とは関係が無いのですが、
後木さんが手を加えていた #里見峠 という場所にも
連れていっていただきました。
そこでは桜の植樹も行っていたようです。
峠から桜越しに町を見たい、
皆が来てくれる景色を作りたい、とも仰っていました。
JR北海道の鉄路廃止説明会の際、
鉄道を活かした観光事業案や利用促進案等、
積極的に意見を述べられる姿も印象的でした。
新十津川駅前活性化には多大なお力添えを頂き、
また、お客さんをもてなすという意識を教えていただき、
心より感謝いたします。
後木さん
駅や鉄道はなくなってしまいましたが、
来年には後木さんの好きだった桜が公園で沢山見られると思います。
家族連れやお子さんも遊びに来ると思います。
駅跡地のこと、町のこと、
天国からどうぞ見守っていてください。
本当にありがとうございました。
以下、短文で大変恐縮ですが、
こちらでは簡単にお伝えしておくに留めておきます。
後木さんの奥様、郁子(いくこ)さんは、
現在グループホームに入って、
満男さんが様子を見に行っているそうです。
また、よく店頭に立っていた古賀三重子(こがみえこ)さんは、
久しぶりに電話をかけてみたところ、大変元気そうでした。
また家に皆で遊びに来てね、と言ってくれました。
こちらのお二方、また、急な連絡にも関わらず、
快くお話を伺わせていただきました満男さんにも
改めまして御礼申し上げます。
2023年10月10日 新十津川駅開業記念日~
「駅跡地さくら公園メモリアル広場」オープンしております。
是非遊びにきてください。
https://www.facebook.com/omoideproject.sasshousen/posts/pfbid0ZG1TDzuuhZria4or6K57dTkrm6i4yiMu8GYdgsqwkquhSs2pjCwkZhf6RYL1PEt5l
勝手に「新十津川駅メモリアル」月間
(延長中、10日までに終了目標)
ご協力いただける方は
ハッシュタグ「 #思い出の終着駅」を付けて投稿頂けますと幸いに存じます。
皆様の心温まる思い出の火を灯していただけると嬉しいです。
宜しくお願い致します。
#新十津川駅 #札沼線 #終着駅 #一日一本 #日本一早い #終列車 #12分間の観光地 #思い出おこし
#地域おこし協力隊